寺本貴啓のブログ

竹内義雄先生 (新潟市立南万代小学校 教頭)

「うまくいかなかった」と語る授業に、学びの核心があった —子どもと一緒に迫る理科授業—

「今日は、正直うまくはいかないところを見ていただいた授業でした。」

 授業後、そう静かに語ってくださったのは、竹内義雄先生である。しかし、45分間の授業を参観した私には、その言葉がむしろ印象的に響いた。そこには、完成された型をなぞる授業ではなく、子どもとともに事象に迫ろうとする教師の姿が確かにあったからである。

「ゴムのはたらき」―課題が明示されないからこそ見えたもの

 「ゴムのはたらき」の授業では、一般的な意味での明確な課題提示は行われなかった。だが、子どもたちの思考の流れは驚くほどスムーズだった。参観者としては、「ここでどの問題を引き出したいのか」「どこに収束させるのか」を意識しながら先生と子どもの言葉を追っていた。しかし、その“わからなさ”こそが、逆に問いを生んだ。

課題は、常に最初に必要なのだろうか

 

 子どもたちは「ゴムで何かを動かす」「ゴムそのものが動く」という二つの捉えの間を行き来していた。1時間目はその揺れが半々に見られたが、別クラスの同内容の時間目ではさらに授業を工夫し、「飛ばすのはだめ」という具体事例を示すことで、視点が自然と整理されていった。

 

 教師がすべてを先回りして整えるのではなく、事象との出会いの中で、少しずつ意味が絞られていく。そのプロセスを大切にする授業であった。一方で、条件(本数・長さ・大きさ)が同時に広がっていく場面では、「はたらき」を一度押さえた上で条件に入る構成も考えられるだろう。授業の広がりとまとめの難しさが、率直に感じられた時間でもあった。

「永久磁石と電磁石」―言葉と事象をつなぐ丁寧さ

 「永久磁石と電磁石」の授業では、竹内先生の授業観がよりはっきりと表れていた。コイルとは何か。一本一本のパーツは磁石ではないこと。そこに電気を流すと、なぜ磁石になるのか。結果を急がず、理解の土台を一つずつ確かめる展開が印象的だった。

 

 また、永久磁石と電磁石について、クリップがいくつ付くかを予想してから比較する場面では、子どもたちが「磁力とは何か」という基本形を意識していることが伝わってきた。ここから「どうすれば磁力を強くできるか」という問いへつながっていく見通しも自然で、学びの連続性が感じられた。

「事象と言語をつなぐ」授業を目指して

 授業後、竹内先生はこう語ってくださった。「一つ一つの言葉を大切にしながら、事象と言語をつないでいくことが、教師の大切な役割だと感じています。」完成度の高さよりも、子どもと一緒に迫っていく過程を大切にする。その姿勢があるからこそ、「うまくいかなかった」と語る授業にも、学びの核心が宿っていたのだろう。

 「最近は腕が錆びてきている気がして」と謙遜されていたが、むしろ、自分の授業を問い続ける姿勢そのものが、教師の力量なのではないか。そう感じさせられる参観であった。

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