寺本貴啓のブログ

「意欲的」と「主体的」何が違うの?

私は、果物の中で「スイカ」が一番好きです(実際はスイカは野菜)。スイカを切って食べる際、中央のところが甘いのですが、切り方によっては甘い部分が多い物と、端っこで甘い部分がほとんどない物が出てきます。先日食べたスイカは端っこで、全然甘くない。スイカを切る際は公平になるように切るといいのにと思うのですが、私だけでしょうか? さて、今回も質問が来ているようです。

寺本先生
寺本先生

「寺本先生がお答えします!」のコーナーでは、実際に受けた質問をもとにお答えしています。ご質問は、ページ下の「質問受付フォーム」にて常時承っています。

ひろし 先生
ひろし 先生

「意欲」「関心」「主体」とか、いろいろな言葉がありますが何か違いがあるのですか?

とてもいい質問です。これまでの指導要領では「関心・意欲」があるかで評価しましたが、これからは「主体的」かどうかで評価をします。「意欲的」であっても「主体的」ではないと言うことがありますので、授業のやり方が変わると考えた方がいいですね。

寺本先生
寺本先生

1.「意欲的」であっても「主体的」ではない

「意欲的」と「主体的」の違いを考えたことがありますか?

今回の指導要領の改訂で、「関心・意欲」から「主体的に学習に取り組む態度」へ変わりました。「関心・意欲」から「主体的」に変わったのです。ではどうして変える必要があったのか?

これまでの授業では、「関心・意欲」があるかで評価してきました。これは、「何かをやろうとする積極的な行動が見られるか」という点で評価したといえます。そのため、授業の導入で「興味・関心」をもって、「やりたい!」「調べたい!」という気持ちが見られれば、良かったのです。しかし、「主体的」ということになると、同じように考えることができません。

授業の導入時に、何か事象を見せ、「やりたい!」という、何かをやろうとする積極的な行動見られることが、本当に「主体的である」と言えるのか?ということなのです。

結論から申し上げると、このような状態は「『意欲的』であっても『主体的』ではない」ということです。 意欲的は、何か事象の面白さに気づき、飛びついた時点で「関心をもっている」「意欲的」といえます。しかし、主体的というのは、飛びついて時点だけでは不十分で、「ある程度自ら問題解決が進んでいる状態」でないといけないはずです。つまり、理科でいえば、少なくとも自らの予想をもち、実際に調べ始めていなければ「主体的」といえないのです。

2.評価の場面が変わる!-授業の「導入」から「後半」へ-

これまでのように、「関心・意欲」を評価する際には、導入の場面において、「調べたいという積極的な行動見られる」かどうかで評価することも多かったと思います。しかしながら、「主体的に学習に取り組む態度」になった場合、果たして導入の場面で評価ができるのか?ということになります。

前でも述べたように、主体的というのは、飛びついて時点だけでは不十分で、ある程度自ら問題解決が進んでいる状態でないといけないため、評価できる場面は「導入では難しい」、「少なくとも予想の場面以降」と考えるべきでしょう。もちろん、続き物の問題解決で、前の時間から続いている「あらたな問題」ならば、導入場面でも「主体的に学習に取り組む態度」は評価できるかもしれません。

「主体的に学習に取り組む態度」は、①知識及び技能を獲得したり、思考力、判断力、表現力等を身に付けたりすることに向けた粘り強い取組を行おうとしている側面と、②①の粘り強い取組を行う中で、自らの学習を調整しようとする側面の2つの側面を評価することが求められています。

寺本先生
寺本先生

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